日々に転がるあやしきできごとをそこはかとなく書きつくる

こーむ員所感

ただどうでもいいことが、だらだらと流れていく。そんなこーむ員の日常にピカッと輝くどうでもいいこと。

 

1月31日

女神の日曜日

大学1年のとき。
切手かハガキを買いに、大学のそばの郵便局に行った。窓口に並ぶとわたくしの前のこれまた新入生といった趣の学生、局員に向かって
「すみません、北海道までいくらですか?」
彼の手にあるのはどう見ても定型の郵便。重さも普通っぽい。
・・・・・日本中、一緒だと思うんですけど。

時は流れ、現在。通信手段は格段の進歩を遂げた。
携帯電話、PHSはほぼ1人に1つ。さらにはEメール。ポケボーやPメールDX、スカイワープでさらに広がりつつある。
そしてFAX。「電報」や「テレックス」だったものが「ファクシミリ」になり、FAXと呼ばれ始めてからは一般家庭にもどんどん入ってくる。今日はそんなFAXのお話。
どうでもいいことだが、無言電話より大迷惑な無言FAXはご存知か?無言電話は時間的かつ精神的被害にとどまるが、無言FAXは物的被害も伴う。そう、ロール紙が無駄になる。ただ白い紙がベ〜ッと。畜生。
おっと、これが本題ではなかった・・・

27日、職場に1通のFAXが入った。関係機関に依頼していた文書の回答だ。おやおや29日必着にしていたのにずいぶんと早いな(役所の回答文書というのは期限ギリギリに出したりもらったりが普通)。別件でそこに電話をし、ついでに
「ずいぶんと早かったですね、FAX。」
すると、
「うん、早めに出したよ。いつ着くか、わかんないからね。

FAXってなぁ、出したらすぐ着くんぢゃいっ!!
こーゆー人だよ、Eメール送った後、「着いた?」って電話してくるのは。

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1月30日

必殺

と言われて「するめ固め」を思いつくか、「山本るり子」を思いつくかで、あなたという人がわかる。
両方思いついた人はとんでもない人だ。

本日のテーマ.味噌煮込みに関する考察
 昨今評判の名古屋名物味噌煮込みうどん。間違いなく美味である。あの八丁味噌を合わせ味噌にした「打ちこみうどん」というものもあるが、あれはどこかの郷土料理なのであろうか。山梨の「ほうとう」もわたくし的には味噌味がよろしい。そういえば新宿に「三国一」という日本全国のうどんを集めた店があるが、かなり気に入っていた。
で、味噌煮込みであるが、あれは土鍋で煮るのが正統らしい。ただし普通の土鍋ではない。
蓋に蒸気ぬきの穴が空いていないもの。これが味噌煮込み用土鍋だそうだ。
そしてこの蓋にうどんを移し、冷まして食べるのが作法らしい。
しかし、嗚呼、しかし、今やこの正統派味噌煮込み用土鍋蓋を作る人がいない!!
名古屋においても普通の土鍋と取り皿(とんすい)をもって味噌煮込みを供するという。
これでは味噌煮込み文化、名古屋文化、ひいては日本文化の衰退につながる。
今こそ立ち上がれ!名古屋衆よっ!!

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1月29日

はやく〜はやく〜246に出・ま・しょ♪

なんたる不覚!
情報収集には自信のあったわたくしであるが、今日までこのニュースを知らなかった!!
昨年末のニュースだというのに、今日の今日まで・・・。
無断転用ではあるが、ニュース原稿をそのまま掲載させていただく。

Today's contents(重要)

■痛みの基準は鼻毛

日本や欧米各国の政府は、来年から痛みの統一単位「ハナゲ」を採用することを決めた。
ニュートン、ヘクトパスカルに続く新単位の登場で、 医療機器や薬品のメーカーは対応に追われている。

国際標準化機構(ISO)によれば、 1ハナゲの定義は「長さ1センチの鼻毛を鉛直方向に1ニュートンの力で引っ張り、抜いたときに感じる痛み」
大気汚染と鼻毛の成長速度の相関性について研究していた永井花外・ 室蘭市立医科大学助教授が、二年前、鼻毛を鉛直方向に抜いたときの痛みに性別差や個人差が全くないことを偶然発見したため、 この基準が採用された。

これまで、痛みについてはその程度を示す明確な数値がなかったため、 「子供を産んだときはすごく痛かったわ」「痔の手術のあとの抜糸は痛いなんてもんじゃなかった」 「ムチがいいか、ロウソクがいいかと問われれば、 私は迷わずにムチを選ぶ」
といった論争が起こっていた。 「ハナゲ」の採用で、これらの無意味な論争にも決着がつくとみられる。
中学生、高校生の間では番長選出制度の透明化への期待が高まっている。

永井助教授によれば、麻酔なしで虫歯を抜いたときの痛みは500ハナゲ、 タンスの角に足の小指をぶつけたときの痛みは200キロハナゲ、分娩の痛みは2〜3メガハナゲ程度だという(安産型骨盤の場合)。

なお、日本政府では恥ずかしさの単位として、 見知らぬ人の面前でお稲荷さんがぽろっと露出してしまったときの恥ずかしさ、
「イナリ」を採用することも検討している。

 

最近、有名なんだってね、このニュース。

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1月28日

アトムおじさんの贈り物

本日、またもやおもしろき品をば発見した。
薬局の広告だったのだが、「ピジョン」という会社はご存知だろうか?
ほ乳びんやらベビーラックやら、そういったベビー用品の会社である。
この会社、最近、飲食物(あくまでもベビー用だが)にも手を出したようだ。
ベビーフード。それは当たり前だろう。そういう会社なのだから。
では、これはどうか?

「ベビーむぎ茶」

なんだよ、そりゃ。普通のむぎ茶じゃいけないのかい?どこが違うんだよぅ?
そのうち「ベビー麦酒」とか出そうな気がして怖い今日この頃であります。

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1月27日

マユゲ男の秘蔵品

今宵の夕餉の菜はわたくしが調達した。
崎陽軒のシウマイ辛子レンコンである。地元の百貨店もどきで「うまいもの市」のやうな催事があり、そこで買ってきたものだ。言うまでもなくわたくしの好物である。
そもそもそこに買い物に行ったのには理由がある。
既に読者諸君はご存知だと思うが、わたくしは地方在住者である。そんな者にとってTOP’Sのチョコレートケーキは決して逃してはならないものであるはずだ。「この地方初の販売」であり、「本日限り」であり、しかも「限定50個」!確かに今では宅配もしてくれるが、やはり・・・。しかし勤務の関係上、昼にやっと買いに行くことができた。当然・・・売り切れご免。泣く泣くこの2つと、昼食用に千歳空港駅名物「うにめし」を買ったのである。

地方の人間の悲しい話を1つ、ご紹介しよう。
出張で東京に行ったKさん、土産にはやはり、と決めていた品があった。「やらと」の羊羹である。
彼は銀座にホテルをとっていた。そして赤坂に羊羹の買出しに出かけたのである。
そう、彼はそこでしか、赤坂本店でしか買えないと信じていたのであった・・・
百貨店、空港、ターミナル駅、「とらや」の羊羹はどこにでもある。ましてや銀座。石を投げれば「とらや」に当たるではないか。

地方といえば、謎がある。
たいてい地方ではどこにでも「○○太鼓保存会(あるいは振興会)」というものがある。
田舎に行けば行くほど、小さな町、あるいは集落にまで「なんとか太鼓」がある。
さて、このリズムやら振付けが問題である。
なんでも2つとして同じものはないのだそうだ。音やリズムや振付けで「あっ、これは●●太鼓だ」と言える人がいるのだろうか、不思議な気もするのだが、そうなんだそうだ。
で、これはウワサなのだが、なんでも飛騨かどこかの山中に太鼓の研修所があるという。
新しく「太鼓保存会」を作ろうと思い立った人がその施設に行き、バチさばきやら振付けやらの研修を受け、地元に持ち帰るのだそうだ。
数多くの市町村や団体がそこで研修を受けた、というのだが・・・・この話、ご存知の方、ぜひとも情報をお寄せ願いたい。

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1月23日

手の震えがとまりません・・・

広告にひな人形のものが入るようになった。
そのうちの1つに「本物志向」というコピーが踊っていたのだが、すなわちその店の人形はインチキということなのだな。今現在、本物を志向しているということは、本物ではない、ということなのだな。よぉし、四谷シモン氏にでも弟子入りするがよい。

1つ提案をしたい。
東京近郊にお住まいの方で山手線を知らぬ人はまずいないだろう。大阪近郊では大阪環状線
この2つの共通点は言うまでもなく環状線、ということだ。環状の線路の上を内回り外回りの電車がぐるぐる回っている。昼間の山手線は3分おきに電車が次々やって来る。いやぁ、ご苦労様。
この電車、山手線上を1度に何台が走っているか、ご存知だろうか?わたくしは知らない。しかし3分おきにでも来る、ということはかなりの数が走っているはずだ。
で、わたくしの提案というのはこうだ。
電車を1つにしてしまえ。
つまり環状の電車を走らせろ、ということである。どうだ、すごいだろ。
乗り降りは簡単である。3分おきに停車する。乗る方は今までどおり。降りる方はちょっとコツがいる。車内表示が必要になる。この車両のこのドアは○○駅、●●駅降車用です、というわけだ。
難しいことではなかろう。今だって高田馬場駅の西武線乗り換え階段に一番近いのは前から何両目の何番目のドアだ、と計算して乗っている人は山ほどいる。井の頭線の神泉駅にいたってはドアが開かない車両すらあるが、皆、承知して乗っている。
そのうえ、ものすごい利点がある。
利点その1。普段10分程度かかる新宿−渋谷間が5分になるかもしれない。そう、車内を歩けばよろしい。うわぁ、飛行機に乗るのに浜松町に行かなくちゃいけないのに、これじゃ・・・なんてときも走ればあっという間。山手線が各駅にも特急にもなる。
利点その2。人身事故がなくなるね。電車の先頭がないのだから、決して飛び込めない。停車中に電車とホームの隙間に潜りこむしかない。難しかろう。
利点その3。ミステリートレインになる。電車が止まったとき、目の前のドアが開いた駅で下車してその街を散策、なんて企画、いいと思うが。

もちろん駅ではないところのドアは開けてはならない。それぐらいのことならペンティアムII程度でできそうな気がするが・・・
どうだろう、JR東日本さん。株主の提案だが、やってみないか?

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1月21日

そんな、そんなひとって・・・

「こーむ員所感」の記念すべき第1回目に「冷やし中華ライスを食う男」を書いた。あまりにも衝撃的だったので書いたのだが、先日入ったある中華屋に、常設メニューとして「冷やし中華ライス」があることを発見した。わたくしの見聞が狭かっただけなのか・・・

さて、あなたは焼きそばをおかずにご飯を食べることができる人か?
「はい」とおっしゃる方は、この先を読まない方がよろしい。あなたにはその権利がある。
  焼きそばパンは大好きだ。普段あまり好きではない紅しょうがも焼きそばパンには不可欠である。紅しょうががあってこそ焼きそばパンは完成される。
  モダン焼きは大好きだ。お好み焼きと焼きそばの出会いはなんら不思議なことではない。ソースとソース、キャベツとキャベツ、そして・・・
わたくしの後輩は腹いっぱいモダン焼きを食べた後、至福の顔でこうつぶやいた。
「あぁ、小麦粉のしあわせ・・・・・」
そう、小麦粉同士。それ故の幸せなのである。
しからば焼きそば+ご飯はどうか?
否。断じて否!

大阪というところは不思議なところで、ご飯がないと我慢ができないようである。うどんを頼むと基本的にかやくごはん(いわゆる炊きこみご飯)かいなり寿司(おいなりさん、と言うべし)がついてくる。結局うどんは汁がわりなのである。ラーメンにしたってメインではなく汁ものの一種なのだ。わたくしのような麺命の人間にとっては邪魔邪魔邪魔。ご飯をつけるのであれば麺を増やしていただきたい。
結局、この「まずごはんありき」に基づいているのだろう。ご飯のおかずに焼きそば、お好み焼き、さらにはスパゲッティまでも!
たしかにパスタはアンティパスト(前菜)であり、それを主食とするのは日本式なのだろうが、かといってご飯のおかずなのか?
「だってドリアが・・・」とおっしゃるむきもあるだろう。わたくしはそれを否定するものではない。それは既に完成された1つの料理なのだから。それ故神戸から広まりつつある「そばめし」(焼きそばにご飯をまぜ一緒に炒めた料理)には非常に興味がある。ぜひ1度食べてみたいと思う。材料は同じであるが、そばめしは決して焼きそばとご飯ではない!と宣言する。
もし、そばめしをおかずにご飯を食べるのであれば・・・なにも言うまい。そういう人は天丼をおかずにご飯を食べる人であろうから。

こう言いながら、蕎麦に丼もののセットというのは割と好き。米と小麦粉の出会いは否定もしようが、米とそば粉はよろしい。
もりそば+かつ丼セットなど素晴らしいではないか。最近、都内でもセットメニューを置く蕎麦屋が増えているようだが、実はこのセットものの発祥地は名古屋だとご存知だろうか。
・・・・あ、うどんはうどんでも味噌煮込みにはご飯、よろしいですな。

そばめしは肯定するが、おじやうどんは完全否定する、っていうのは矛盾?

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1月19日

ジャミロクワイとジャミラこわいはそんなに似ているのか?

大学の講義、仕事で行かされる講演会などというのは、どうして後ろから席がうまっていくのだろうか。
しかも後ろの席をキープするために早々と会場に来る人がいる。1時間も前に来ている。やや遅れて会場入りした人は、後ろの席がうまっているのを見て「チッ」という顔をして、それでも少しでも後ろの席を確保する。最前列の席がうのまるのは、講義・講演会の始まる寸前である。これが自分の趣味で行く講演会(好きな作家の講演会とか)だと、早々と会場に行き、前列の席を競争で奪うのだが。

わたくしにも経験がある。
大学時代、1限の講義は、9時からで(たしか・・・)、当時わたくしが住んでいたところから大学まで50分ほどかかった。
ある語学の講義は1限だったのだが、かならず前の席から順番で当てられた。だいたい90分で教室の中ほどまで達して終わった。教授が学生をよく知っていたわけだ。前の席に座っているのは熱心な学生では決してなく、遅く来たヤツである、と。
当然、我々学生も、より早く教室に入ろうとする。早く入れば後ろの席がキープできる。そのうちエスカレートして、みんな1番のりを競い始めた。わたくしも後列の席、でき得れば1番のりを目指し、6時30分に家を出る、という暴挙に出始めた。9時からの講義に6時30分・・・。それでも滅多に1番は取れなかったのだから、恐るべし、である。
6時30分といっても前日の夜、早く寝るわけではない。夜はいつもどおり酒をかっくらい、睡眠時間を削り、朝食など当然摂らず、6時30分に出発する。しばらくこの生活を続けた結果、ある朝、電車の中で貧血でぶっ倒れた・・・
それから1週間、わたくしが毎晩、行きつけの店でレバ刺しを食べ続けたのは言うまでもない。

結局この講義、1年間で当てられたことは1、2回しかなく、試験もそれなりにこなして「良」を獲得したのだが・・・なんだったのだろう?
語学の講義だったことは覚えているのだが、1年のときだったか2年のときだったか、英語だったやらドイツ語だったか、どうしても思い出せないのである・・・

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1月17日

「じょうずなワニのつかまえ方」

昨今、日高トモキチ氏のホームページの掲示板上で寝言に関する討論がさかんである。わたしも書き込もうと思ったのだが、こんなおもしろいネタ、もったいないのでこちらで書かせていただく。

その1.わたくしが中学生の頃。
東京でちょっとした研修があり、前日からわたくしたち田舎ものは入りを余儀なくされていた。本郷の旅館に4人ほどで詰込まれる。その夜。
なかなか寝つかれなかったわたくしが暗闇の中でボ〜ッとしていると突然その叫び声が闇を切り裂いた!
「うわぁ〜っ、脳波が止まったあああっ!!」
一瞬ギクッとした後、わたくしが布団をかぶって笑い転げたのは言うまでもない。
そう言えば、昼間、新幹線の車中でその絶叫男に「おまえ、おかしいんじゃないか?脳波、検査してもらった方がいいぞ。」と確かにわたくしは言ったが・・・。だからって止めなくても。そういえば「脳波」の話の発端は、彼が佐賀と大分の位置関係がわからなかったからだったが、と考えていると、2発目。
「今、大分にいる・・・佐賀の大分にいる・・・」
どうやら寝言というのはその日にもっとも屈辱と感じたことが出てくるものらしい。

その2.大学の合宿で。
春休み、伊豆で合宿中のできごと。
午前午後の練習で肉体的にボロボロ、さらに夜は狂ったように酒を呑むわけで、消灯後はある意味でおそろしい環境になっている。そんな中で我々はヒソヒソ話をしていた。時々誰かがムクッと起き上がって吐きに行ったり、うーんうーんうなっていたりする。事件はそこで起きた!
彼は突然、立ち上がった!!
そして一言、「酸素が足りないよぉ」
あろうことかそのまま窓まで歩いていき、ガラッと窓を開けたのである。
そのまま布団にもどって寝てしまった。
我々は大笑いしつつその男を見たが、すでに熟睡している。まぁ、ちょっと暑いし、このままでいいか、とそのまま寝たために悲劇は起こった。
その夜、伊豆地方を台風クラスの強風が襲ったのである。午前4時頃、すさまじい悲鳴で我々は目を覚ました。壁に立てかけてあった座卓が強風のため倒れ、寝ていた人間を直撃!嗚呼、あの男が窓さえ開けなければ・・・
当の本人は座卓とは一番遠い位置で惰眠を貪っていた(悲鳴にも起きなかった)ことを参考までにご報告いたします。
こうなると、もう、立派な夢遊病である。

で、ワニは必ずうしろから捕まえること。ただしあくまでも子ワニの話である。

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1月15日

カラスと目が合った

ひどいふつかよいだった今朝。そんなときにもっとも食べたくないものは・・・固ゆでたまごだろう。
たまご料理ほど人を悩ませるものもあるまい。あなた、ホテルの朝食でボイル、スクランブル、フライとあったらどれにするか?

ボイルか。だったらゆで方は?固ゆで、半熟?半熟ならどの程度?どんどん選択肢がひろがる。スクランブルにしなさい。悩まなくてすむ。
フライ(目玉焼き)にするのが最も危険だ。ターンオバー(両面焼き)かサニーサイドアップ(片面焼き)から始まる。黄身の焼き加減は?なにかかける?
ソースをかける、醤油をかける、ケチャップ、マヨネーズ等々。わたくしはシンプルに塩こしょうのみで。
この話題になると結構みんなケンカごしになる。みんな疑いなく、自分のしているのが当たり前だと思っている。さらに悪いことに他の人も当然そうしている、と思いこんでいるのだ。だから話題に上がったとき、または目の当たりにしたとき、ムキになって自説を主張する。「なんでソースなんかかけるの?醤油でしょう、醤油。」
さらに問題。黄身をどのタイミングで食べる?最初に、最後に、途中で。いきなりグチャグチャにつぶして、というのもある。このネタもケンカの原因になる。
やはりスクランブルにするのが一番無難だ。

駅の立ち喰いそばのかき揚げそばが好きだ。それに決まってなまたまごを入れてもらう。上京したばかりの頃、あの濃いそばつゆを少しでも薄めるために思いついたアイディアだ。濃いつゆに慣れてからもこのクセは治らなかった。
薄くするため、だったから必ず黄身はくずしていた。箸をスブッと突き刺し、そばつゆに溶かしていた。が、ある日のこと。
「うしおととら」を読んでいたら、そばのたまごを最後まで残しておきそのままツルンと飲むのが・・・という1シーンが。そうか、そういう食べ方もあったのか、と早速試してみたら、なかなかよいではないか。以来、たまごをくずすか、ツルンといくかは、その日の気分次第ということになったのである。

立ち喰いそばでもっとも驚いたメニューは「コロッケそば」だった、という一文を残して、本日、これまで。

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1月11日

みんな、今年は五反田だぜ!

水族館が好きだ。
上野動物園の水族館ではまちがいなくスッポンモドキと心が通じ合った。でも彼がスッポンモドキだとしたら、スッポンは「スッポンモドカレ」なのだろうか?
不思議なのはやはり池袋のサンシャイン水族館である。いつサメに噛まれるか、という見る者にスリルを与える「マリンガールの餌付けショー」はまぁ、よかろう。プールでもの想いにふけるバイカルアザラシも趣きはある。あの顔は間違いなく、どこかで見た顔だ。余談ではあるが、動物園などのアシカ、オットセイはよく檻を脱走するらしい。小学生でもまたぐことのできる柵を越えられないコビトカバと違い、彼らはかなりの高さの柵をも乗り越えるそうだ。かといって外に出てもそのまま海まで行けないことはわかっているようで、ちょっと追いかけると自分から戻るらしい。本気で逃げるのならドリトル先生がソフィーを逃がしたときのように老婦人の格好をせねばならないことを彼らは知っている。
サンシャイン水族館で見るものは2つしかない。シードラゴンガーデンイールだ。シードラゴンはオーストラリア近海に住むタツノオトシゴの一種。たしかに龍だと言われれば、「ふむ」と言うが、どちらかといえばホンダワラだ。ガーデンイールは和名チンアナゴ。八丈島あたりの海底に頭だけ出して直立している。なにかに驚くとスッと砂の中に引っ込んでしまう。興味のある方は「海の中道」のホームページをご覧になるとよかろう。
で、サンシャイン水族館のなにが不思議かといって、あんな高い所に水族館を作ったことだ。東京タワーの水族館も熱帯魚好きの間では結構有名なポイントであるが、それを越えている。多分あそこの高い高い入場料の8割は、あの高さまで海水を汲み上げる設備費によるものだ。まぁ、それを知りつつも行っちゃうんだけどね。

以前、某チャットでしたことがある話だが、大好きなのであえてもう1度。
知り合いの人から聞いた話だ。
広島県に宮○水族館というのがある。ここはマンボウの人工飼育で有名な水族館である。当然マスコットキャラクターはマンボウ。ゲートにもマンボウがあしらわれ、館内のいたる所に「マンボウくんはこちらです」と表示がある。
歩いていくと、最近はやりの「実際に海の生き物に触れてみようコーナー」がある。だいたいそういったところにはイトマキヒトデやウミウシ、バフンウニ(いるか?)などがいて、触れるようになっているようだが、ここは一味違う。なぜだかザルがあり、その中には、なんとカブトガニ!!子供がうりゃ〜とばかりに足の何本かとれたカブトガニを持ち上げて遊んでいたそうだ。いいのか?

で、「こちら」のボードにしたがって歩き、いよいよマンボウくんとのご対面!大きな水槽をワクワクしながら見ると・・・
・・・・・いない・・・マンボウくんはどこにも、いない・・・・・

ふと見ると、1枚のボード。
申し訳ありません。マンボウくんは死んでしまいました。
・・・・・しかし見ると、中でなにか泳いでいる。なんだろう、と目を移すともう1枚のボードがあり、そこには現在その巨大水槽で飼われている、マンボウくんの代わりの魚の名前が。
アジ

・・・・おそるべし、○島水族館!

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1月8日

与ひょう、つうは鶴なんだぜ

雪が降るたびに思うのだが、あの規制ってやつはなんなんだ?
わたくしの住んでいる所に自動車専用道がある。あえて高速道路とは言わない。山間部をトンネルでズドーンと突き抜けていく有料道路である。この道のおかげで交通の便は確かによくなった。
山間部を突き抜ける以上、冬は雪で大変だ。よく冬用タイヤ規制、もっと雪が降ればチェーン規制がある。この先、雪があるぞ、というインターで強制的に止められ、チェックされる。そして冬タイヤをはいていない、チェーンを持っていない車は強制的に一般道に追い出されるのである。
そもそも通行料は道路の保守管理に充てられるべきもので、ある程度の天候に対応したメンテナンスをするべきである。たしかにラッセル車による除雪も行われてはいる。そりゃ猛吹雪の中、ノーマルタイヤで走ってるヤツは大馬鹿者であり、そんなヤツは排除してもよろしい。だが、チェーンを持っていなかったがためにその道を追い出された人はいったいどうするか?まぁ、引き返しはしないでしょうな。有料道路より狭くて曲がりくねった峠道をチェーンなしで挑む、ということになる。
結局、自分の管理する道路でさえ事故を起こさなければそれでいい、という考えが見えるのである。
かつてその道路でわたくしもチェーン規制にひっかかった。スタッドレスタイヤをはいていたが、チェーンを着けなければ通さない、と言う。路面にそんなに雪もなかったが、渋々着けた。再び走り始めると・・・終点までまったく雪はなかった・・・凍っているのかとブレーキを踏んだが・・・ただのウェット路面だった・・・わたくしは時間とチェーンをすり減らしただけだったのです。なんか書いててだんだん腹立ってきたぞ。
つまりはそういった料金所の出口付近でチェーンを売る商売を始めたら儲かると思うのだが、あなた、どう思うか。

商売はアイディアが一番である。二番目に品揃え。
昨日は七草がゆ。とある商店街で七草がゆを無料でふるまっていた。結構多くの人が集まっていた。おお、なかなかいいアイディア。商店でもホームページでも集客イベントが大事だからな、ふむふむ、とあたりを見回し、愕然
この商店街、基本的に定休日が木曜日。そして昨日は木曜日。
そんなイベントをしていながら、大半の店のシャッターは閉まっていた・・・
なんのための・・・なんのための・・・・・・

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1月7日

ふぶきっ!
ちなみにでっかいシカはナダレだ。

食べ物の好みの話はケンカを巻き起こす。それはわかっている。だが書くっ!
本日、TVでカニ食う番組をやっていた。なんでも毛ガニ、タラバガニ、越前ガニが3大ガニなんだと。
ふざけるなっ!!
愚かにもほどがあり。
毛ガニなぞミソ食ったら捨てるだけだ。手は傷だらけになるし。ズワイガニ(越前ガニ、わたくしの地方ではマツバガニ)なぞ宴会で必ず出るが箸もつけぬ。タラバガニにいたってはヤドカリではないかっ。
申し上げたとおり、わたくしの住まう地はマツバガニの産地である。ゆえにカニについては申し上げるべきことが山ほどあるが、この場では控え、わたくしのカニBEST3を語る。

第3位  花咲ガニ
 タラバガニを笑った後でなんだが、こいつも実はヤドカリである。だがデカさで勝負のタラバとくらべ、花咲ガニの方が美しさ、味の上品さで1歩も2歩も上である。その証拠にタラバは「養老○滝」にもあるが、花咲にお目にかかることは都内でもそうはない。ゆでてよし、焼いてよし、その甘さを十分楽しむためのカニである。
ちなみにわたくしが北海道で好きなものといえば、1に花咲、2にボタンエビ、3に六花亭のバターサンドである。心せよ。

第2位  親ガニ
 聞きなれない名前だと思う。このあたりの方言である。越前ガニの産地では「セイコガニ」と呼ぶ。
ズワイガニのメスのことだ。大きさはオス(いわゆるマツバガニ、越前ガニ)にくらべ、かなり小さい。当然ミソも少なければ、肉の味も量もオスより劣る。だが彼女には最強の武器がある。タマゴだ。プリプリした歯ごたえの「外子(成熟した卵)」と、ネットリした舌触り、オレンジ色の鮮やかな「内子(未成熟の卵)」はカニ肉のうまさをはるかにしのぐ。中華料理ではこのタマゴのみを使った蒸しギョウザ(たしか「鮮片(花?)餃」だったと思うが・・・)もある。横浜中華街で食べることができるはずだ。
このカニは茹でてももちろんうまいが、なんといっても味噌汁である。カニというのは実に素晴らしいダシを出す。そもそもカニの茹で汁を捨てるなど愚かな話だ。イセエビの味噌汁もたしかにうまいが、親ガニの味噌汁は他に類を見ないうまさだ。カニ肉まで食べる必要はない。タマゴだけを食べればよろしい。そして忘れてはならないのは大根である。カニの味噌汁に大根を入れないのはチャーシューメンにチャーシューを入れないのと同じこと。カニと大根の相性の良さには驚くだろう。まさに絶品、である。

輝く第1位  毛ガニ
 といっても北海道の「ヤツ」ではない。これもこの地方の方言。正しくは「モクズガニ」と言う。川に住むカニだ。
北海道の毛ガニとは違い、全身にトゲではなく本当に毛が生えている。実はこの毛むくじゃら君、上海ガニの仲間である。味もほとんどかわらない。それだけでうまさがわかってもらえるだろう。茹でるより蒸した方がうまさがわかる。淡白でありながらしっかりとした甘味のある肉、コクのかたまりでありながらエグ味のまったくないミソ。そんなやつが川でわっせわっせ散歩しているのだからありがたい。
このカニを一番うまく食べる方法は、なんと炊き込み御飯である。水と少量の酒、ブツ切りにしたモクズガニ君、色づけにほんのわずか薄口醤油。あまり具を入れるとよろしくないが、唯一ささがきごぼうだけはよろしい。カニの風味が引き立つ。といっても入れ過ぎるとごぼうご飯になっちゃうぞ。本格的にしたければ釜でやればよいが、炊飯ジャーで十分だ。すごいぞ、うまいぞ。
水のきれいな川の上流にはまだいるはずだ。こんなご馳走をほっとく手はない。寒くても川に行け!!

今日はずいぶんとまじめに書いたな・・・

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1月5日

嗚呼、今日からまた仕事なのねんねんねん

西原理恵子&群ようこ両氏の「鳥頭対談」をやっとこさ入手した。
ちゃんと「鳥頭の城」で発売日もチェックしていながら、当日ケロリと忘れていた。気づいたのは数日後、「津波」の「津波図書館」でとしょかんちょがこの本にふれているのを読んだときだった。
「あっ!」と一声叫び、階段を駆け降り慌てて車を走らせ近所の本屋という本屋を探しまわったが、どこにもなし。すでに荷物は年末で止まっている。泣く泣く年を越し、入手したのが昨日のことであった。ふ〜。
と、一息ついていたら、なんてことだ、昨日は「はじめてのおつかい」をやってたのかあああっ!田代哲也氏の掲示板の書き込みを見て愕然・・・見逃した(号泣)。

ことほど左様に、最近もの忘れがひどくなってきた
なぜだろう、と考えるに、やはりメモをとるようになったからだ。
自慢ではないが、メモは不得手である。中学校から大学までノートというものをとったことがない。いつか困るぞ、と先生たちには脅されてきたが、1度も困ったことはなかった。そもそも黒板に書くことは9割が教科書に書いてあるわけで、残り1割については教科書に直接書きこめばよろしい。ハイパー教科書が完成する。
手帳というものも使ったことがなかった。スケジュールなど覚えられないほど先の予定は入れなければよろしい。いついつ呑みに行く、なんて約束は忘れるはずもない。だいいちスケジュール帳に書いてしまうと、すっぽかしたときの言い訳ができないではないか。
そんなわたくしが、ここ最近、仕事上やむを得ずメモする。メモはいかん。メモした途端にスッキリと忘れる。メモした、という安心感で頭の中から「そのこと」が消えてしまうのである。そして次にメモがどこにあるかも忘れる。それっきりだ。
メモがどこにいったかわからなくならないように、メモ自身に自己主張をさせたのが「システム手帳」というやつだ。バブルの頃大はやりしたあいつである。今でも生き残ってはいるな。ヤング・エグゼクティブはこれを持たなきゃ、といった風潮があった。なにを隠そう、わたくしもまだ持っている。もっともリーフはどこそこの店がうまい、という情報しかないのだが・・・
じゃあ今度の日曜日に渋谷のハチ公のしっぽのところでね」なんて待ち合わせをする。あなたは早速それをシステム手帳にメモする。途端に緊張の糸が切れてしまう。つまり待ち合わせのことなぞきれいさっぱり忘れてしまうわけだ。相手が短気ならまだよい。気の長いやつだとずっと待っている。1週間後、なにげなくその場を通りかかると、“行き倒れだ”と人がむらがっている。ひょい、と覗くと誰かが死んでいる。ところがあなたは待ち合わせのことなどとっくに忘れているから、おや、かわいそうに、で終わってしまう。その相手のことすら忘れている。実は相手の名前や特徴までシステム手帳にメモしていたのである。こうして無縁仏が1体増えるわけだ。ちなみにシステム手帳にメモした、ということを念のためにポケット手帳に書いたので、システム手帳のこと自体を忘れている。もちろんポケット手帳にメモしたその行為は当然忘れている。
そんなバカな、と思うかもしれないが、ありえない話ではない。現にわたくしはメモし始めてから、もの忘れがひどくなっているのだから。システム手帳の頃には「きっとこれは優秀な日本民族を衰退させるために、大英帝国が陰謀を・・・」と思っていたのだが、ポケット手帳でもこれだけの効果をあげるということは、もっと大きな組織がどこ

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1月2日

なぜか正月に聞いている鈴里真帆

デパートが初売りで大騒ぎだ。
こんなくそ田舎のデパートもどきにしても車停めるのに一苦労だった。ヒーヒー言いながらロイヤル・ファロウェラを2匹買って帰った。うむ、実に新春らしい買い物だ。
わたくしが「ウリコサン」をしていた時代は、西武、マルイぐらいが2日から営業、その他百貨店組合加盟店は3日からの営業だった。今はそんなことも言っていられないのだろうなぁ。「東急百貨店日本橋店で最後の初売り」というニュースにややセンチメンタルになってしまったことだよ。もっとも「最後の初売り」という表現もヘンといえばヘンだ。

初売りといえば、「福袋」がつきものだ。
1,000円から何百万円まで多種多様。この福袋、どうやって商品を集めてどうやって作るか、なんてのも実に面白い話が書けるのだが、申しますまい。結構面白いんだよ、この袋詰作業。
去年のことだったか、バブルはじけて久しいこのご時世に、わたくしの地元の百貨店が福袋で「家1軒」というのを出した。家、といっても「離れ」サイズのものだったが。値段は覚えていないが、はたして売れたのだろうか?だいたい中に何が入っているのかわかったら福袋の楽しみは半減すると思うのだが。
なんて考えるのは、わたくしのようなロマンチストだけであるらしい。
百貨店全体の福袋のほかに、各売場ごとにも福袋を用意する。まぁ、これも結構売れるのだが、油断しているといくつも口が開いている。ホッチキスで止め直す。ちょっと目を離すとまた口が・・・。
ウリコサンが横に立っていても同じこと。「あら、なにかしら?」なんて言いながらおばさんがバリッ。「あらあら、これは?」バリッ。1人で4つも5つもバリッとやって買わない。たかだか1,000円の文房具売場の福袋に欲出すなっ、おばはん!(怒号)
しかしながら、福袋の見本(中身を透明のラップで包んで展示)を作ると、チラッと見ただけでとっとと立ち去る。よけいに売れない・・・
意外にロマンチストなのかな?ああいったおばさん連中は・・・

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1月1日

忝し。

年が明けたので、目標をでっち上げる。
今年の目標は
本を読むぞ’99」に決定!

椎名誠の「あやしい探検隊」シリーズが好きである。出るたびに買ってはベッドの枕元に置いていたら、どれを読んだのかわからなくなってしまった。タイトルがよく似てるからなぁ・・・。奥付の日付を確認して、あ、これはまだだ、と読み始める。こんなことではいかんのだがなぁ、と反省することしきり。どうしてこんなことになってしまったのか、とつらつら大晦日の夜に考え、2つの要因を突き止めた。

その1.本を買い過ぎだ
昔は1冊の本を読み終わるまで、次の本を買うことはなかった。しかし今では本屋に行くたびにまず間違いなく本を買い、週に2、3度は本屋に行くから始末に終えない。
ただ、これには理由がある。
面白そうな本を見つけたとき、「あ、今度買おっと」と思い、次に行ったときにはもうなくなっている、といふことを何度も繰り返しているからだ。せめて書名・作者名・出版社名をひかえておけばよろしいのだが、それができない。手帳といふものを持ち歩かないわたくしとしては、本屋でデジカメやVAIO C1などを取り出すわけにもいかない。記憶力も衰えている。嗚呼。
書名のわからない本を探し求めて、初見から5年後に入手した、というつらい想い出もある。
よって本はすぐ買うこととした。だから増える。

その2.本を読む時間が減った
東京で生活しているときにはなぜあれだけの本が読めたのか。通学通勤が電車だったからだ
電車の中で他にナニをしようもない。自然と本を読む。あっという間に1冊2冊だ。読んでいない本が発生しようもなかった。
それが今。通勤は車である。運転中に本を読めば、確実に追突する。人もはねる。クビだ。
大半を占めていた通勤時間の読書がなくなり、残されたのは寝る前とトイレぐらい。どちらもあまり長時間といふわけには・・・

しかし、しかしっ!
本は読まねばならない。「本を読むぞ’99」を掲げた以上は・・・

どうしよう・・・

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